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買い付けから戻りました
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- 2009/07/03(Fri) -
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お待たせいたしました。
帰ってまいりました。今回も良い石が沢山ありました♪ 「あなたのための石」 「希望と魔よけの石」は月曜日から順次お送りしていきますね。 今回は不思議な事が沢山ありました。 上海のお寺に行ってきました。観音様を見学しに。 そして、そこで聞いた話です。 偉いお坊さんのお写真がありました。その人が亡くなった話です。 上海の中心にある高速道路(パイパス)の柱を建てる時、 毎日一人づつ現場で亡くなっていたそうです。 しかも、ある程度の深さになるとそれ以上深く掘れなくなってしまったと いうのです。 風水の人に聞くと、「訳を言うと死んでしまうから言えない」と言って 教えてくれなかったそうです。 それで、偉いお坊さんにそのことを話すと、お坊さんが自分の 命と引き換えに話をしましょうと言ってお話してくれたことです。 「ここの下には龍が横たわっていて、掘らせない様にしています。 なので、私が毎日柱の横に立ってお経をあげて、少しずれてもらいます。 そうすれば、柱が立つでしょう。今日から、私の命は1ヶ月間です。」 そして、毎日大きな柱を打ち込む機械の周りにお坊さんたちが囲って 毎日お経を上げていたそうです。 そして、柱は打ち込めるようになり、死人もなくなりました。 柱が立ったらその柱に9頭の龍を掘りなさいと言われたそうです。 九頭竜です・・・ぼそ 本当に30日後に原因不明でそのお坊さんはお亡くなりになったというお話でした。 そのお寺ですが、観音様にお祈りをしているとき、蓮の花を見てきなさいと 聞こえたんです。 蓮の花? 「この辺に蓮の花ありますか?」 「ん・・・・大きな公園があるから、そこの池にあったかな? 今時期じゃないんじゃないかな?」 「行かないとまずいようなんですけど」 「分かりました、行ってみましょう」 と連れて行っていっていただきました。駐車場がなくて、私一人でその公園に行くはめに、 中国の地図、わかるわけないじゃん・・・と思いながら、歩くと、池がありました。 まさか・・・と思いながら近寄ると、ピンクの蓮の花が目の前に広がりって来ます。 うわ〜嘘でしょう?半分諦めていたのに。 小さい池なんですが、満開です。綺麗〜 そうか、私一人で行きなさいって事だったんですね。 確かに通訳の方がご一緒だとリーディング出来ませんからね。 日陰に座り込んでしばらくリーディングしていました。 感謝ですね。浄化もして、後ろに立ちなさいと言われました。 そうか、後ろか。 それからと言うもの中国ではずっと蓮の花ばかりご縁がありました。 上海の街が来年の万博に向けて大きく変わろうとしています。 今より夜景が綺麗になると思います。 展望台は逆に霧で下が見えませんので、川側がいいですね。 万博は5月にあります。是非行ってみてください。 |
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お休み頂きます
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- 2009/06/28(Sun) -
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野菜を育てているのですが、収穫きゅうり。
![]() ちょっと珍しい特大きゅうりなので、パチリとしました。 新鮮なきゅうりを もろきゅうとビールで・・・おいしい♪ 話がそれましたが、 29日から、買い付けに出かけます。土曜日から仕事開始しますが、 商品の発送につきましては、平日6日からとなります。 何卒よろしくお願い申し上げます。 |
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苦痛
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- 2009/06/24(Wed) -
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先日テレビを観ていて、学校の部活で暴行を受け、クモ膜下出血となり、寝たきりの障害者に
なってしまったドキュメンタリーをやっていました。 学校の対処、暴行した生徒の態度なども詳しく出ていました。 隠蔽工作、校長、副校長の態度、さらに教育委員会まで 酷い実態を映し出していました。 自分がかわいいってこういうのを言うんだと思いました。 自分さえ良ければ、他人は苦しんでいても良いんだという態度でした。 本当に酷い話でした。 「自分の立場」が大事で、守るのは自分だけ 無言になってしまった彼女を 教育者の立場の人達は見てみない振りをしたんです。 他人の辛い気持ちなんてどうでもいいんですよね。学歴がなんだですよ。本当に。 最低な人間。 これが教育者のやる態度だなんて、そんな先生に育てられた子供たちがいると思うと・・・。 私はその映像を見ながら、被害者の気持ちを感じ取っていました。 柔道部の彼女は男子生徒にプロレス技のような行為で暴行されている間、 泣いていたそうです。 やがて、静かになって、動かなくなってしまったと・・・。 あるクライアントさんの相談とダブってきました。 生きることを拒絶したんだと思ったんです。 痛いと感じることを拒絶したんです。 このまま続くなら、感じなくなることを望んだんです。 かつて、検査の痛みと治療の痛みはもう嫌だから、それをしたら死んでしまうと思う、 と訴えた小学生のお子さんがいらっしゃいました。 それだけはしないでくれと、最後の悲鳴に似た訴えをお母様にしていらした のです。 しかし、親というものは、子供の甘えと受け取って、治してあげたいとばかり、 我慢しなさいと叱り付けてしまうものなんですよね。 そのお子さんはその治療中にお亡くなりになりました。 死なせてしまったとお母様は毎日後悔されていましたが、治療しないほうが 良かったとは思っていなかったようでした。 お亡くなりになったお子さんとお話が出来たとき、もう、痛いのは嫌だったんだ、目をあけたら、 又痛くなるもの、と言っていたのを思い出していました。 |
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子供の受けた心の傷について
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- 2009/06/22(Mon) -
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子供の頃の悲鳴に似た傷が大人になって影響しているというのは本当でしょう。
しかし、子供の頃傷ついていない人間などいません。 羞恥や恐怖など何かしらの傷は持っているものだと思います。 まして、傷つきやすい子供の頃です。小さなことで心を痛めていたと思います。 しかし、その傷があるから、今の自分というのは、「仕方ない」で終わることでは 無いような気がしてきます。 リーディングしてみました。 「カルマというのを見れば理解できるだろう。小さい頃、若い頃の受ける心の傷は カルマと無関係ではない。前世のカルマの記憶を呼び起こすために似たような経験を させるということがある。 しかし、この世に生まれてくるということは、カルマに対して昇華できるまで成長したということ。 心の傷は自分を鍛えたということ。乗り越える事で成長となる。 自分は「ダメだ」と卑下するためにその経験をさせているのではない。子供は弱くてもいいが、 成長するということは、いつまでもそのままでいてはいけないと言う事である。生きるということは、 成長が常に伴うものである。」 子供は弱者なので、大人の都合の被害者になることが沢山あります。 育児放棄や体罰、両親の死など、自立できない子供はその環境から逃げ出すことも 出来ないわけです。違う大人が関与しなければ救われないという悲惨があります。 そういう環境の全ての人間が大人になって犯罪者になるわけではありません。 不良となるともいえません。 それこそ、逆に似たような環境の子供たちに尽くす人へとなる人もいます。 世界を相手に世の中を変えようと働きかけている人もいると思います。 「だから仕方ない」 という言葉の裏には 「人のせい」 にしているだけで、本当の気づきでは 無いような気がします。 子供の頃の経験は、踏み台になって、ばねにすることのように思います。 寂しい思いをしたのであれば、他人の寂しさも理解できます。小さな楽しさの大切さを知ります。 人が居てくれるありがたさを知ります。 恐怖があるのなら、防衛を身に着けます。注意もします。 幼少の環境は本人の未来に対して、必要な学びがあったということのようにおもいます。 |
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未来のリーディング
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- 2009/06/18(Thu) -
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「私は海外赴任になりますか」
というご質問です。未来は見ないという前提なのですが、 生徒さんですので・・・ちょっと例外だと思ってください。 リーディングでは決定的なものがよく見えませんでした。 海外側に色が明るくなるとか、走る馬にしがみついている姿が見えるのですが、 馬を乗り換える姿も見えます。 でも、飛行機に乗って別れる瞬間を見るわけでもなく、海外での職場の映像が 見えるわけでもありません。 過去の場合は結構こうやって具体的に見えることが多いのです。 ん・・・海外赴任へと乗り換えるのかな?申し訳ないのですが、 多分・・・いくかな?って感じでしたね。 現実的な答えはこんなことしか申し上げられませんでした。 勿論ご本人はその時点では行きたくないというお話しでした。 がっかりされていたのも分かっていました。 はっきり分かる未来のリーディングもあります。間違いないなと思うこともあります。 いまこの違いを考えていました。 でも、お話すべきことは見せてもらえるのだろうと思うようにしています。 今回のリーディングで感じたのは、まだ知らせてはいけない、心の準備をする期間 というのがあるような気がしてきます。 ご本人は最初は否定的に考えておられました。海外赴任はないだろう、行かないだろうと。 でも、その気持ちではいけない、行くかもしれないという気持ちへと切り替えなさい、 受け入れる心を持つことなんだというような気がしてきます。 今行きますよと決定的に言えば、諦め、嫌々の赴任でホームシックになったり、 ストレスで仕事ができなくなることも考えられます。 でも、精神的な準備をしていけば、いざ辞令が出ても、覚悟は決まっているでしょうし、 行っても大丈夫ないように会社にも、赴任先の生活内容や帰って来た人、今現在 赴任している人の話も聞いたりして、準備していくような気がしてきます。 逆に行かないでしょうと私が申し上げた場合、安心しきって、何も準備しなかったかもしれません。 不意打ちに赴任をお断りして、出世の道も絶たれてしまうことになったかもしれないのです。 まあ、これも運命なので、それもありえると思います。 精神的に強くなるというのはこう言う事で、不安に対して、不安でなくなるように 心を安定させていくものだと思います。 結論を知るだけでが目的なのではなくて、精神力をポジティブに持っていくことが 重要な気がします。 嫌だからと目を背けても、運命は現実にやってきますから、嫌な現実も直視して、 不安な毎日を過ごすのではなく、今出来ること、今という時間を無駄にしないこと のような気がしてきます。 |



