雑談で
- 2007/07/16(Mon) -
友人と昨日はまったりした時間の中色々話こんでいました。
昼間の横浜は台風の影響が殆どなくて、雨も止んでいました。

そして子供達を遊ばせながら、大人同士の会話(^^)

見えない世界の話はお互い嫌いじゃない
というか、スタンスが似ていて楽しかったです。

「見えない世界は自分が見ていないものは信じない。」

確実に色々不思議な体験をされているから、そういう世界は信じているが、
基本は信じていないと話す。

私も同じ。だから同じものを見た人の話は共感できるし、信じられるけど、
自分の知らない世界の話をされたら、「へー」とは思っても、やはり実感がわかない。

でも、自分で見たことに関しては疑わない。
これを疑い始めたら、自信を失う。自分を信じないことになるから。

そして、その方、天使や神話が好きな人。
私が見える世界を話し出すと、
「ゲーマーの私には興味ある話ですね」
と仰る。

信じられないかもしれないけど、私はゲーム大嫌いなんです。
これも訳があるんですが、ともかくトラウマまである。

これはインベーダーの時代にさかのぼる。
ゲームの話はストレスと嫌な思い出まで浮かぶ。

だから、ゲームの話をされても何も分からない。

しかし、彼女はつづける
「ゲーム嫌いだと知らない人は、ゲームのパクリだと思うでしょうね?」と・・・

え?そんなに似ているの?
そして疑問・・・私はそのゲームの世界を実は見に行っていたりして?


頭のいい彼女は私の疑問に1つずつ答えを教えてくれます。

私「ミカエルの背中に羽があるのか確認できない。
  それに翼は取り外しができるのよ。つけていないような?」
というと、

友「そうかもしれない。
  肩パットもつけているのなら身動きもかなり制限されるわけだし、
  そうなると防衛は完全にする必要があるわよね?
  翼がついているのなら戦闘服に翼用の穴を
  空けなきゃならない訳で、敵はそこを集中的にねらうことになるよね?
  戦闘服に穴は考えられないから、取り外しできるは納得できる」

私「紋章もひとりづつ違う」
友「・・・・」
私「どうしてか、分からないが、誓いの時にだけ見せる
  大切なものなんだけど」
友「そう、ひとりづつ違うよね。理由はわからないけど、
  そういう設定よね、ゲームの中でも」

私「ええ、そうなん?そんな細かいところまで」

友「ゲームの原作者はもしかしてそういう世界を見てきた人
  ということ?そうじゃなきゃ、浮かばないものね?」

私「原作者ならありえると思う。手塚治虫も宮崎駿も
  私の見てきた世界と一部分に過ぎないけど、
  似すぎるくらいに似すぎているしね。
  降りてきているというか、繋がるというか?そんな気がするね」

あ〜あ、もう帰る時間になっちゃった・・・もっと話したかったわ。
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