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リーディングで視えない
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- 2008/02/11(Mon) -
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リーディングマスターコース3になるとリーディングして視えたものを解釈していく
という段階に入ります。 その人の状態に合わせてコースの進み方が違います。 伝わるという状態はコース2(伝える、伝わるという練習)でわかり始めますから、 次は、その伝わった事柄が何を意味しているのかの解釈に入ります。 コース3は人対人ではなく、上の意識と繋がって伝えてくることを解釈していきます。 このコースになると、よく視えないということで、スランプになる方が殆どです。 本当に殆どの方が一度はその気持ちになります。 (こんな時、魔が誘惑してきますから、必ず拒否する勇気が必要になります。) コース1の呼吸、瞑想をしているとそのスランプもかなり抜けられます。 それでも、見えないということで、出来ないと仰る方もいます。 視るということに拘らないことです。 私は目を瞑って映像を視ていますが、それが絶対のリーディングの形ではありません。 リーディングは人それぞれの得意な感覚を生かして感じるものだと思います。 視ることが得意な人、感じるという方が得意な方もいらっしゃいます。 目を瞑って視なくてもいいんです。目を開いていたまま、皮膚の感覚や耳などの 5感の全てを研ぎ澄ませます。集中力も必要になります。 そして、ほんのかすかなものを感じ取るんです。繊細で頼りないものです。 蜘蛛の糸のようないえ、もっと繊細です。かすみのようなものを拾うんです。 視えないと思う方は、目の感覚より、すっと過ぎる風のような何かを感じるかもしれません。 その過ぎるものを拾う感覚を磨いていきます。 しかし、その過ぎるものが解りやすいものとは限りません。 多分、言葉に表すのが難しい感覚という方が正しいのではないでしょうか? 人それぞれの感覚なのです。 後ろから押されるような感覚になったり、脳裏に映像が見えるようになったりと、 それはその人本人が見つけなければなりません。 私はそこを教える事は出来ないです。でも、本人には解るくらい繊細な感覚になっています。 見えなきゃいけないというこだわりで、その感覚を消してしまうことがあるようです。 しかし、感覚やビジョンが解るようになるとそれでお終いではありません。 その感覚が何を意味しているかが問題なんです。 この解釈が間違えると、正反対に受け取ってしまうことすらあります。 というのも、抽象的なビジョンや感覚を伝えてくることが多いからです。 例えば宝珠が視えて来たら、その宝珠の意味が解らないともう解釈が出来ません。 解らないままにしないことです。勝手に解釈をつけないことです。 腑に落ちるまで続けます。これは、見えたビジョンを一人で解釈しないことが条件です。 必ず、最後まで上の意識に尋ねて、疑問を残さないことです。 「こういう意味で良いのですね?」と最後に聞くと「ああ、そうか」という気持ちに 自然になります。 視えないと諦めないことです。自分に何が得意とする感覚なのかを見つけることです。 コース3になった方同士交流していくと、そのスランプにみんな落ちたことがあるという 話が聞けます。 励ましあっている姿をみると嬉しくなります。感謝します。合掌。 |
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