不幸
- 2008/08/28(Thu) -
生まれてくるという試練にはカルマが関係しています。

私達が生まれてしなければならない事はカルマを昇華することが一つあります。

そのカルマの記憶は現世でも似たような経験で繰り返されます。
そしてそれを乗り越えられる時代に生まれてきた訳ですから、その役目がひとつあります。

そして新たにカルマを作って次の時代に生まれるのでしょう。

私はリーディングでそのカルマを見るのですが、大変大事なメッセージが込められています。
それは辛い記憶が殆どです。後悔したり、失望のメッセージです。

でも、その記憶こそが大事で、そこにはその時の失敗の記憶があるからです。
その方法ではダメだった記憶を読み取ることも必要だからです。
次はそれを越える精神力と知識をもつことが必要なのです。

過去世の記憶や子供の頃の記憶などが原因で現在の不幸があるのではなくて、
むしろその記憶を持っているからこそ、同じ失敗を繰り返さず、乗り越えようとするのだと思います。

そこにもし「だから仕方ないのだ」と思うのなら、自分に負けている状態だと思います。
「それではいけないんだ」と思うから、乗り越えるのかと思います。

先日、虐待された犬が日本で第一号セラピー犬になったというドキュメンタリーを
TVでしていました。

他の血統書付きの犬がセラピー犬として教育していたにも関わらず、その犬達よりも早く
雑種の犬がセラピー犬になったのです。

虐待された挙句、捨てられていた犬を引き取り、セラピー犬として教育し、活躍したという話です。
その犬の教育者、関係者は「虐待という心の傷みを知ったからこそ、人の痛みを感じ取り
心の病の辛さを理解していて、相手の立場に立てるのだ」と話していました。

私もそう思います。
辛いと嘆いただけ、苦しんだだけ心は成長しているのだと思います。

その記憶があるから不幸なのではなくて、その記憶があるから、今があり、役立つことに
つながるように思います。
不幸とか、辛いとかから、逃げたり、回避する選択より、向き合い、取り組む選択が
必要なのかなとも思います。
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孤独
- 2008/08/27(Wed) -
今後の事を考えて感じたことです。

女性は養ってもらうという人がかなり多いですよね。
まして、お子さんがいると、子育ての為に社会から離れて、子育てに専念される方も
多いです。

それはそれで仕方がないのですが・・・。

老後という言葉を聞くとまだ先の話と思う方もいらっしゃるでしょう?
でも、孤独という言葉ではどうでしょう?

養ってもらう立場の女性は常に御主人が稼いでくれるから安心というお気持ちなのでは
ないでしょうか?

このまま続くと何故か錯覚している。御主人がいつまでも居てくれると。

人なんて解りません。事故の危険も、病の危険も 倒産やリストラの危険も遠くの意識なので、
御主人がこのままずっと稼いでくれると錯覚しています。

いざ、孤独感になった時、女性は放り出されたような気持になります。ガックリ来てしまう人も
多いようです。

社会に遠ざかり、社会復帰するのも年齢的に厳しいし、スキルがあれば別ですが、
社会から何年も遠ざかれば、そのスキルも時代遅れになりかねません。

賃金も多くは期待できないでしょう。
子供も老後の面倒なんていう時代でもありません。

私の友人の殆どは年齢も年齢なので、御主人の稼ぎが良い人が多いです。
頑張って稼いでもらわなきゃ・・・と口を揃えて言います。

居なくなった時の心配は保険に入っているからと答が返って来る。

そうなのかな?孤独に耐える事に何も心配していないのかな?
そんなんでいいのかな?と思ってしまう。

一人になったとき、私は老後の住まいのことまで考えているのに・・・

自立できる精神力と経済力を女性も持たないといけない時代だと思います。
幸せって御主人にしてもらうんじゃないと思うのです。
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屋久島
- 2008/08/26(Tue) -
行って見たいと思うところの一つです。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%8B%E4%B9%85%E5%B3%B6

縄文杉の写真があります。顔があるのがわかりますかね?
リーディングしてみました。

命というか、エネルギーがありますね。
ゆっくりお話になります。←何とでも思ってもらっていいです。
ご神木とは違うとお話しています。

ご神木は神様が宿るというのは、そこにお座りになるので、神のエネルギーが
入り込んでいるといいます。古い木全てがご神木とはいいませんと。
縄文杉はそういう場所ではないとお話しています。


長い歴史、何を見てきたのかと聞きますと、海の事なら解ると聞こえてきます。

「海?
なぜですか?」

とききましたら、ここは標高が高いのか、背も高いからか
「海が見える」とおっしゃいます。

私は屋久島へ行った事がないので、海が見えるかは解りません。
森のなかだとすれば、人には海が見えないのでしょうが、
縄文杉の高さまでになれば、見えるのかもしれません。

なるほどねぇ。森の妖精がいるとすれば、海のことを教えて
あげていたのかもしれませんね。


もののけの森をリーディングしてみました。

上からレインボーの光が降りてきます。浄化された場所なんですね。
でも、右から左に横の線が入ります。

誰かがいる?何かが走った?
そんな感じです。
なるほど・・・ものの気がしますね。

結界の様な感じもしてきます。

「これより先に入ってはならぬ」
ん・・・何か農具のような?杖のような?ものを持った右腕が見えてきます。
人ではないですね。聖地ということなのでしょうか。

見てはならないものがあるという気持がしてきます。
人間である私はみてはいけないらしい^^;
撤収。
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ポセイドン
- 2008/08/22(Fri) -
少し前にポセイドンをリーディングしていたのですが、
余りにも、余りにも凄いお姿なので、閉口してしまうほどでした。

まるで鱗族宇宙人そのものだったもので・・・
魚の顔を正面でみた顔にえらが張り出していてそれが耳のように見える。
身体もあばら骨が大きく、下半身は蛇か龍の姿です。

また、リーディングすると、瞬きする目がずっとこっちを見ています。

ん・・・・見せたくないのかな、見てはいけないのかな?
そう思っていると、もっとくっきり、瞳、鼻、口がわかる。
いやああ、やっぱり同じ(^^;;;;;;;と思って、

神ですよね?どうしてそういうお姿なのですか?
と質問をすると

「人が住む世界ではありません。人間の姿でいる必要はないでしょう?」
と声がしてきます。

ああ、なるほど。
でも、宇宙人の様な姿で、ポセイドンとはどうして?と思ってしまう。

そういう名前の宇宙人がいてもおかしくないですよね?
そしてその宇宙人が神に近いと思っていたら・・・
いろんなこと想像してしまう(^^;;;;;;;

さらに、海には海の知性動物がいるという感じがしてくる。まだ人間は知らない・・・。
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気付き
- 2008/08/17(Sun) -
気付きという事をリーディングしていくと、
他人の態度が気になるばかりで、自分の態度に気付けない時がある。

いつも自分より優れている声が聞こえないからだそうです。
自分の振る舞いに対して関心がないんでしょうか?
自分を棚に上げるということらしい。

人から、もし、冷たそうに見えます。と言われたら、それを言った人が
悪いのではなく、そう思わせる態度にも問題があると感じ取れる人間でありたいです。

誤解もそうです。理解しようとする気持があれば、悪い意味に解釈するより、
正確な解釈を求めようとしたいです。

嘘や秘密でごまかすのではなく、自分の気持に正直になって、心が開く会話が
出来れば幸いですね。
人から注意をうけたら、何故相手がそう感じたか、自分が何をしたのだと振り返れる
余裕を持っていたいです。

だから、それが出来ない人との関わりで、自分なりに、出来ないものは、
出来ないというのもまた、学びの様な気がします。
諦めるのではなく、相手を変えることは出来ないと理解することなのです。

相手にあわせる自分になれるか、なれないかという事なのかも知れません。
人には相性があります。万人全員に一致するわけがありません。

自分も人を選び、相手も自分を選んでいるかということなのでしょう。

今では理解してもらうように話するだけでなく、もしも最悪の場合は、その人とは
つながる事ができないのだと切り替えることも必要だと感じています。
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方向転換
- 2008/08/17(Sun) -
販売する石をリーディングして感じた事があります。

素敵な石だと思うと流石にエネルギーも違いますね。

そして今回そういうことなのか・・・と感じた事があります。

まっすぐな道を歩いていると人はどこかで方向転換をしなければならない時がきます。
何時までもまっすぐな方向に歩んでいくのではないようです。

船をこいでいます。まっすぐ進んでいたのですが、何故か舟をこぐ手が均等にならないのです。
力が変わってしまう。すると船は方向が変わり、回転していきます。

その時は、乱れた状態に混乱し、修正をと頑張りますが、思うようになりません。
そして次へと進む方向を差した時、左右均等になり、まっすぐに進みだすというビジョンでした。

左右の乱れるときは波の状態や風の向きも関係していました。
自分だけでは修正しきれないのでしょうか。上が方向転換させようとしているかのように
思いました。

人生の生きる道をみているかのような感覚になります。
人はその大変な時期は苦悩の時であり、修正しようともがいていて、でも、向かう方向が
きちんと向き、順風満帆になった時、時期がきた、乗り越えた、ステージが変わったと
感じているのでしょうね。
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お盆
- 2008/08/12(Tue) -
明日からお盆の入り・・・

7時ごろですか、子供とパソコンに向かっていたら、
二階がドンと足音が・・・・

私「今足音聞こえなかった?」
子「した、私も聞いた」
私「だよね(^^;;;;;;;、二階、誰もいないはずだよね」
子「うん。いない。泥棒かもよ」

「・・・・・・・・・・・」

私「仕方ない、見てくるか」
子「見てきたほうがいいよ。いってらっしゃ〜い」

やっぱり何もない・・・・お盆は、足音が聞こえるんだよなぁ


お盆とはhttp://www.choutin.com/obon/sitteru-iware-frame.htm
ここから引用
「仏教に於ける盂蘭盆(ウランバナ)の行事―地獄の苦しみをうけている人々を
この世から供養することの功徳によって、その苦しみを救いたいという行事―と、
昔からの今の自分があるのは、ご先祖さまのお陰であると感謝する先祖崇拝の
心と合体したものです。」

無闇に幽霊を怖がっては失礼ですね。

心ある魂ですから、怖がられていることを知るのは霊も嬉しくないはずです。
反対に、自分が居ることで怖がられているのは悲しいでしょう?

苦しんでいることを訴えているのなら、尚の事、可哀想にと理解して上げられればと
自分に言い聞かせていますが、驚かすような出場だけはやめてほしいのよ。

じゃあ、どう出てくればいいの?ということになりますが、気配はそっと・・・というか(^^;;;;;;;

もっと怖いのは、怖がることで、余計な魔物が面白がって近寄るから、怖がりさんは
オカルトに関わらない方がよさそうですよ。
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ただいまです
- 2008/08/11(Mon) -
1年ぶりに大阪へ行ってきました。

横浜も暑いけど、大阪は暑いですね。初日大阪城へ行ってまいりました。
昼間歩いていて、滝の様な汗でした。 足も歩きなれていないというのもあって、
大きなマメをつくりました。
マメにしなさい・・・ですかね(T T)

さて、集中しながら、大阪城の敷地内を歩いていると大勢の喚声が聞こえたように感じました。
実際は静かなのに、階段を駆け上る足音も感じます・・・

天守閣に入ってからは、全く何も感じなくなってしまいました。
あらら、残念。

時間があれば、周りを歩いてみたかったですね。

秀吉の何かを感じるかなと思ったのですが、残念ながら感じる事が出来ませんでした。

セッションは1日目は1時間という短いのにも関わらず、遠くからもお越しいただいて
本当に嬉しく思いました。

横浜へ行くよりはと、大阪まで数時間という遠方からいらっしゃった方もお会いできました。
感謝です。

次回は土曜日に行なおうと思いました。そして2時間以上しましょう。
ネタは語りつくせないくらいありますからね。
今回は、拉致の事、バッドスポットと観光地、死の感覚、幸せについてをお話しました。
皆さんの頷く姿が嬉しく思いました。

そして2日目、3日目と沢山の方にお会いできて嬉しかったです。

3日間ありがとうございました。
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お祭り
- 2008/08/07(Thu) -
毎日、仕事で、子供に寂しい思いをさせていますから、
先日、箱根に旅行してきました。

他の家族の方と一緒だったので、楽しかったのですが、
色々な意味で、ヘトヘトになりました。

この日は九頭竜様のお祭りでした。
夕方から始まるお祭りの前にお参りに出かけました。

弁天様にもお参りしないと、叱られますので、ここにもお参りします。
白龍神社も立ち寄りました。

その御挨拶の時に
「どうして夕方祭りをなさるのですか?」と伺ってみました。

すると
「私はこれから帰る。祭りは私が居ない留守に行なうもの。神のいる時間帯に
神聖な空間を汚してはならぬ。居ない留守だから、掃除をしたり、騒いだりしてもよい」
神がいるときに無礼な真似をしてはならぬ」

社を変えるときも夜行なわれると聞きます。
変る時、全ての準備は神がいない留守に整えておきなさいという事なのかも知れません。
神が乗るとされる座も神は実際乗っているのではなく、その座を上から見ているという
事なのかもしれません。

このことを伺ってから、祭りは見なくていいなと思ってしまいました。
神がいらっしゃらない祭りは儀式ですから、それならと、花火を観に出かけました。
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大阪セッション
- 2008/08/03(Sun) -
いよいよ、今週となりましたね。
楽しみにしています。

天気、台風など変な時期に当たらなければいいと思います。

本日中に日程の御連絡を差し上げますので、よろしくお願いいたします。

個別セッションの方はお持ちの関係者のお写真を御持参していただければ幸いです。

よろしくお願いいたします。


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死後
- 2008/08/01(Fri) -
暗いリーディングですが、大事なことです。

魂が体から抜けるとき、トンネルを通り抜けるように暗闇に入ります。

赤ちゃんが生まれる時のトンネルと近いですね。

死は肉体の死であって、抜け殻となります。
魂の死とは別ですから、心は生きていて、本人は意識があります。

足元すら見えない暗闇へと移動しますから、大変不安になります。
死んだ自覚があるかないかでかなり変わります。

事故などの突然の死の場合、死んだ自覚がない場合が多いです。
そうすると、暗闇が不安ですから、戻ろうと考えます。
あるいは、自殺もそうですが、意識があるから、死んだと思わないのです。

戻るということは、死ぬ直前の場所に戻りますから、永遠に死ぬ間際の
恐怖の中です。

火事ならその火事の中になります。熱くて息が出来ないその苦しみの中に
戻る事になります。

しかし、死の自覚をすると、その暗闇でも、後戻りということは考えず、
その暗闇の中を歩き続けるか、待つということをします。

すると、そのあと、上からの光が降りてきて、導きのままに成仏していきます。

導きは人それぞれの違いがあるような感じです。

死という自覚は大事なことで、逆に生に執着してしまうと、なかなか成仏できない結果になります。
または、死を美としていれば、それも違いますから、受け入れられなくなります。

死後は暗闇になるんだと知っているか、知っていないかで、成仏できるスピードも違います。
これを伝えろと上から言われました。

感じたままの感覚なのですが、導くものは神そのものではなくて、
それ専用の方達がいるように思います。
阿弥陀如来などの仏教ですかね?あるいは、キリスト教の関係でしょうか?

仏教と神道の違いをリーディングするのがいいのですが、受講の方にしてもらいたいので、
ここでは、控えます。
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