究極?
そんなテーマで営業マンのリップサービスの話がとても楽しくて、なるほどなーと思いました。
この商品を売りたいと思ったら、自分に惚れさせて売るという手口はありだと思うと話してくれます。
消費者の私も「それ」に気づいていたので、まあ、意気投合してとても楽しかったです。
自分のこと「もう、僕のことスキでしょう?」というトークも言うとも話します。「好かれて、嬉しいくせに」と想っていると
いう本音も言ってくれます。
まあ、その本音が面白いこと、面白いこと。なんなら、一晩くらい付き合ってこいとも、部下に話すと(^^)
リップサービスで喜ばしてくれるのは営業マンだけあります。
じゃ、どこを信じるの?という話にかわると、ご自分でも「本当だ、どこを信じるんだろう? 基本怖いですね」
と本人もおっしゃるから尚面白い。
この方、女性の営業マンです(^^)
やっぱり、自分にどれだけ支えてくれるかを計るとしたら、それは愛されるという計りですね。
尽くしてくれる、自分をどれだけ愛してくれているのかというのを天秤にかけるとしたら、
自分がないですよね。
どれだけ自分に惚れているのか?という事のほうが重要な人とは、男女とも面倒。
無視されたと怒る人がいる。(気づかなかったとは考えないらしい)
味方してくれなかったとねたむ人がいる。(ほかの人に味方すると嫌らしい)
味方になるとか、敵になるとかの計りが変。何が自分が違っているのかを考えられないのが変。
自分へどれだけ優しくしてくれるのか、どれだけ親切にしてくれるのかを天秤にかけて、
あの人スキ、あの人嫌いと言う人を見ているだけです。
すみません。失礼します(^^;って感じですね。
向こうも同じようにどうしたら笑顔になるだろう、何をしたら嬉しがるんだろう?と考えている人と
一緒に居たいと思います。
少なくとも営業マンの方のトークは相手を喜ばせてくれます。楽しい気持ちにさせてくれます。
何が本当なのかは、聞いている相手が決めることなんですよね。
リップサービスなら、この人、私を本当に好きじゃないとわかります。騙されたと人のせいにするより、
警戒するより、安っぽい人に惚れてしまった自分は何が不足しているのかと
内観してほしいです。
私はファザコンなので、怒らなかった父のような人をきっと求めていたんだと思います。
優しい言葉には、たぶん、怒らない人なんだろうと勘違いする要素があるんでしょうね。
その反対に否定の態度は可愛いなんて想うわけがない。楽しいわけがない。
嫌な気持ちにさせられて、そのうえ、傷つくから、面倒になる。
している人は相手から嫌がられるとは感じないのかもしれない。
自分のしていることは棚の上で、
それでも好きと言ってくれるのが本当の愛だとか言いそう(^^;
虫が良すぎでしょう?そんな人いるわけないじゃない(^^;
私は最低な計りだと思います。
それでも、好きって、自分が反対なら、しますかね?
そういう人はしないですよ。
反対に、逆切れして「もう、いい」って言う人だと思いますよ。
自分は否定するけど、相手の否定は、受け入れない。
不公平すぎる。
そんな事が繰り返されるのに、ますます疲れる(^^;
同じことが何度も繰り返されたらうつ病になっちゃう。
違いますかね?
男性が離婚を言い出す時、自分がこのままなら、うつ病になると思う時なんじゃないのかしら?
嫌な気持ちにさせる人をいつまでも愛してくれるなんて思わないほうがいい。
相手はそうとう疲れていますよ。
それでも、愛しては、子供より始末が悪いと思います。
はやく自分の勝手さに気づいて、疲れたでしょう?苦労かけたと労わってあげてほしい。
究極な愛を考えると、
私は介護してくれる人を探すのではなくて、この人なら介護してあげたいと想う人をパートナーに選びたい。
相手も同じ気持ちの人がいい。お互いに労り合って、幸せなるような気がします。
今の天皇と皇后を見ていると癒されます。あの仲の良さが私はほっこりします。


