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ゆとり時代から変わってしまった

先日娘の高等学校の先生と面談がありました。

私の頃のこの高校は東大3桁を出していました。
今では一桁になってしまいました。9人💦

東大生3000人が入学します。

全国の18歳の四大希望者 68万人います。浪人もいれたらもっとになりますね。
その中の3000人が東大合格者です。
ごくごく狭き門です。

こんな話をしていたとき、一桁になってしまった・・・
ふとよぎったのが、ゆとり時代に流された高校なのか?
でした。

これもよくよく聞くと、競争とか、順位とかで子供を追い込む教育に対して「親の反対」という多数の意見のため、風習が変わったという言葉が出てきました。

それで学校は変わってしまったというのは大げさなのかもしれませんが、体制が変わったのは事実のようです。
今でも3桁を送り出した先生が残っているので、そのノウハウを活かして、もっとやる気という気持ちを育ててほしい。

受験戦争の私たちは競争が当たり前でした。だから、必死でした。勉強しなきゃ、落ちていく。
競争する友達がいました。レベルが似たような人たちと集まっていました。いつも順位は気にしていました。

競争だけするのではなくて、話し合う姿勢、考える姿勢、学ぶ姿勢は環境によると思います。

そこに学校だけのせいにするのはいかがなものかと思うのです。

高校生の娘は、勉強しなさいと言っても無駄だというのはよーく知ってます。

ただ、やる気という部分では、考え方一つです。「やればできる」という言葉は絶対やめた方がいいというのも実感しています。

その言葉を頼りに、成績がわるいのは、本気出していないからと言い訳が出来てしまいます。
そして本気出さずに終了という私の息子を知っています。

だから、そんな言葉より、自分で決めさせる、自分で考えていくという事です。
私は娘に話しているのは、時間の使い方を考えろという事を教えています。

同じ時間を過ごすのに、無駄だったという時間を作るより、より合理的な時間の使い方をしていけば、何倍もの人生を生きたことになりえます。

折角生まれて、ただ、時間だけが何もしないで過ぎて、いつの間にか、こんな年になってしまったと思ったとき、なんてもったいなかったかと思います。

だから、合理的な時間の使い方を考えなさい。
それさえ学べば、勉強も部活も合理的になってきます。
夢中になってやっていく時間は何時間やるという数字の問題ではなくて、その時間の使い方が上手だったとなるのです。

勉強していない時、何時から始めるの?と聞くとあと何分後からやろうと思っていたと話してくれるようになりました。
今は時間の使い方は無駄ではないか?という質問になるように話しています。

すると今日は生物やるつもりとまで教えてくれるようになりました。
ドアの向こうで英語の教科書だと思うのですが、声を出して本を読んでいるのが聞こえるようになりました。

勉強しなさいと言っても、勉強しないけど、時間を上手に使う事で、生き方が変わるという話をしていくと、やる目的が変わっていくように思いました。

勉強するという気持ちより、もったいない時間の使い方はしない様にしようとする意識がうまれるという事を、家庭で教えることがあっていいのでは?

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