守るという言葉のはき違え

「子供を守るため」

親御さんは親身になります。だから子供のためにと動きます。

守るとは失敗をしないように、子供の心を傷つけないようにするのではなくて、いや、むしろ今のうちに失敗を沢山経験させて、くやしさとか、挫折とかをバネにもっとたくましく生きていくことを教えないといけないのではないでしょうか。

我慢とか、立ち直る力とか、一人で生きていけるようにしたいと思っても、子供を必要以上に庇い、甘やかしていながら、強い子になってほしいと願っているような気がします。

親も子供が泣けばつらいです。いじめがあれば悔しいです。だから二度と同じ目に合わないようにと指導したくなります。

先生に相談しますし、親同士が話し合うかもしれません。
でも、私はそれが解決できる方法とは思いません。

その子の精神力がすべてだと思います。

つらいことががあると逃げ場所は親でいいのだと思います。

逃げ場所が親であって、その親のところから、また立ち向かってほしい。もしも、思春期に素晴らしい先生に出会って、そこが逃げ場所であってもいい。

その先生はきっと、「そんな子と遊ばない」「そんな部活辞めなさい」「学校休みなさい」とは教えないでしょう。

逃げ場所の親に頼ったら、今度は逃げ道があるということを知らず知らずに教えてしまうから困ったものです。

「そんなこと遊ばない」「そんな部活辞めなさい」「学校休みなさい」
この言葉は逃げ方を教えているんです。逃げ場所に来たら、逃げ道を教えてしまう残念でなりません。

そして解決方法を教えないで、「我慢しなさい」も子供は失意を覚えるのです。

親に相談しているのは、愚痴を言っているのではなくて、どうやったら解決するか、どうやっていじめがなくなるかなのであって、避ける方法なのではなく、無くしたいのです。

解決方法を教わりたいのです。幼い子供は先生に言う前に、たぶん親に言います。
子供は親の行動を見ています。

先生に任せている姿を見て、子供は他人に頼りなさいという事を教わるのでしょう。
感情的になって一緒に愚痴を言っている姿は、味方がいることに喜ぶでしょうが、これも一時の逃げ道だけで、解決に至りません。

「我慢しなさい」と言われた子供は相談しても役に立たないと思うだけです。次は何かあっても「我慢」と言われると思えば、相談しなくなるでしょう。

子育ては本当に難しい。
相談されたら、親御さんの答え一つでその子のものの考え方が決まってしまう。そんな重大な役割の親なのに、「守る」をちゃんと理解していない。

「守る」は過保護にするのではなくて、「自分で守る」という方法があることを教えることが「守る」というのだと思います。
親は「自分でどうやって対処したらいいのか」を指導してほしいです。

その指導がわからない親が親になっているのです。

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