ゆとり世代を作ったのは親の時代

ゆとり世代の娘と話していくうちに、気が付くことが多い。

「何かあればゆとり世代だから仕方ないという。1人のために全員にさせられる」

いや、そのひとくくりで済んでしまうと言いたいのだろう。

よく考えれば、本人たちはそのゆとり時代の被害者だ。
ゆとりを作ったの時代の教育者、政治家たちがいる。その人たちを当選させた私たちがいる。

その結果、何かあれば「ゆとり世代の子供たち」だと困った若者という代名詞にして自分たちが作った社会の責任から逃げていく。

実は長男、長女がその真っただ中の子供たちです。

娘が 「そう育てた親がいるんだよ」 という。その通りだ。

すぐ挫折する。すぐ切れるなどと言われる。ゆとりと何の関係もないかもしれない・・・
私は心を育てることをしてこない日本の教育に問題があるような気がします。

ゆとりある教育を良しとしたのはその当時の大人たちだ。

今の若者はその被害者なのに悪者にされている?そんな気持ちになってくる。

頑張ろうとしても、親の心が育っていなければ、すぐ諦めることを教えているのかもしれない。
いやなら止めていいよ。
こんなことを言っていたら、頑張ることもやめてしまうように思います。

諦めないで、最後までやってみなさいという事を誰が教えているのだろうか?
学校は最後まで一人ひとり面倒なんて見ていられない。

いやならやめなさい。を教える親・・・・・・・・・・・・我慢できるわけがない。
先生に怒られるよ。・・・・・・・・・・・・悪いことをしたら親が叱るのではなくて、怖い人がいるよと教える。
叱らないで褒めて育てていく。・・・・・・・・・・・褒められないとふてくされ、やらなくなる。おだてられなきゃ面白くない。

偉い先生の本を読んで・・・誰かが言っていたから、やったという。・・・・・・・・・・・自分がそうしたいと選んだという事を忘れている。

そうやって自分が良しとしてそれを選んだんだという責任がどこにもないから、子供は責任感が育たないのであって、ゆとり時代のせいにして、また自分たちの責任から逃れていく。

被害者なのは今の若者達であって、そうやって育てたのは当時の親たちだといいたい。

嫌ならやめなさいと教えたのは幼い頃から言っている親の言葉じゃないだろうか?

食事にしても、好き嫌いを許し、友達も嫌なら遊ばないようにしないさいと言い、学校も行きたくないのなら、休んでいいんだよと教えていく。体調が少しでも悪ければ、休んでいいよ。友達や先輩やコーチが嫌いだから辞めていいよ。

会社に就職して我慢ができないのも当たり前だ。これでもゆとりのせいと言えるのだろうか?

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