宮崎龍介と柳原白蓮

元華族の柳原白蓮の夫、弁護士の宮崎龍介

柳原白蓮は明治、大正、昭和と生きて歌人として名を残しています。

昔の女性は情熱的でした。秘めた恋、命がけの愛・・・こんな恋愛が出来た白蓮が
羨ましい。私には出来なかったから。

彼女は三回結婚をしています。

親同士が選んだ結婚が2度。2度目の夫は妾がおり、三人で床を一緒にする日もあったとか?
ひどい(^^;)

しかし、その後、駆け落ち3度目の結婚は幸せでした。
かつては姦通罪というのがありましたから、3度目の結婚をするまでは命がけの恋でした。
まだ、離婚成立していないときに、彼女の産んだ長男は2度目の夫の子供ではなかったからです。

突然の駆け落ち、失踪、新聞に夫へ絶縁状を記し、社会的に反響を呼びました。

波瀾万丈でしたが、
心から愛する事をして、どんな障害も耐え、愛を貫いて、晩年は愛する人と支え合い、本当に素敵な人生です。

命がけの愛に憧れていた時代がありました。
友人でそれをした人もいましたね~。幸せであって欲しいです。

かつて、私もそんな男性を求めていたような気がします。
「死のうか」
そんな冗談な言葉も私には情熱の言葉だったっけ。


さて、リーディング。
宮崎龍介は水虫だった?もう、そんなビジョンが見たくてリーディングしたんじゃないのに・・・(^^;)

二人の愛の形です。

白蓮は凄く細い線の人です。その細い手をすっと太くて大きな手に、乗せます。
彼女の求めるものを彼は受け止めています。

払いのけるどころか、手が外れないようにそっと力を込め、聞き入れて、叶えようとしています。
払いのけちゃいかんよね。

彼女の恐ろしい位強い愛も彼は大きな手の平で掴まえます。
だから、二人はふらつかず、愛し合えたんですね。

やっぱり愛は器なのかな?
打算的な人間なら出来ない。
夫が怖いとか、姦通罪を怖がる男だったら、この情熱は成立しなかったから。

世間の全てを敵に回してもこの愛は貫く・・・私にもその情熱があったら、今が今じゃなかったなぁ。
未来の誰かと幸せになって下さいなんて偽善だった、納得。

狂うような情熱の明治大正の女性を受け止める男性とそうでない男性を歴史から見ると面白い。

今じゃ、名前すら出てこないし(^^;)
宮崎なんだっけ・・・ってなもんだわ。名字が出て来れば良い方かも(^^;)

Comments 5

REI  

おはようございます^^

情熱の女性・・・与謝野晶子しか知りませんでした・・・もっと勉強しなければ。

命がけの恋・・・私、無理だなぁ・・・きっと。
夫のお世話だけで毎日くたくただから・・・(汗
それも命がけの愛かもしれませんが。

2010/11/11 (Thu) 09:40 | EDIT | REPLY |   
あつこ  

凄いですね。
そういう愛を突き通せる人って凄いと思います。

それにしてもいきなり水虫だったって事を教えて頂くとは^^;;

2010/11/11 (Thu) 13:36 | EDIT | REPLY |   
笛野はすな  

 REIさん
ご主人が命がけなんて最高ですよ(^^)


 あつこさん
水虫ねぇ(^^;) 足の裏を見せて指をヒクヒク痒そうに動いていて・・・いきなり足の裏ってどうよ(^^;)

2010/11/11 (Thu) 21:07 | EDIT | REPLY |   
maru  

彼女は同情を寄せられるような人ではないと思う。当時としては本来キズものの彼女は世間に顔だしのできる状態ではなく、柳原家じたい世間に顔向けできる状態ではなかったのである。華族の離婚というのはそれ位おおごとであったのだ。夫に欠陥があろうが、そんなことは理由にならない。その彼女が家族ではないが大富豪の伊藤家に縁づくことができたのは柳原家にとっても彼女にとっても奇跡的な良縁なのであって、キズものの彼女にとって何をされようとどのように扱われようと文句をいう資格などないのである。その彼女が大恩のある伊藤伝右衛門氏の顔に泥を塗りたくったのである。八つ裂きにされても文句が言えない事態である。にもかかわらず、彼は彼女を許した。彼女は夫を教養がないとバカにしていたようだが、彼女が愛でる教養というのは周りを不幸にするだけだったのではないか。彼女は夫に掛けられた温情によってその命を情けなくもつなぎ、見苦しく生きながらえた。そのことに気付いただろうか。新聞に絶縁状を掲載するなどという神をもおそれぬ非道な行為をし、伊藤家一同を深く傷つけた最低な雌である。その結果得たのが宮崎龍介との家庭である。その代償はなんであったのでしょうか?人を不幸にして得た淫欲の代償は?

2011/08/26 (Fri) 01:21 | EDIT | REPLY |   
笛野はすな  

 いけない事と本人はわかっていたはずです。それでもやろうとするその勇気というか、その気持ちに私は驚いています。
いけない事をした事に対して裁きは神がするのであって、そこまで、私は感心がないです。交通事故に遭ったかも知れませんし、歩けば、唾を吐かれていたかもしれません。

学びとして、世間の全てを敵に回して、貫いた想いに彼らは後悔していなかったとしたら、私は理解してあげたいです。いけない行為でもです。

被害者?側にたった見方をすれば、酷い事をされた「償え」というのであれば、彼女はそれが離縁状だったのかもしれないですよ。
代償と想ってした行為は何か、本人がこれが代償だと思ってしたことが、代償ですから。他人が代償はこれですと、示せないような気がします。

心に正直に生きた結果、仮面夫婦が出来なかったと言うだけのことかもしれません。本当のところは彼女じゃないとわからないです。

不幸という基準はどこからなんでしょうか?他の人を愛して仮面夫婦でいることの方が幸せと想うのか、それこそが裏切りで、不幸と取るのかは、御本人夫婦が決めることではないでしょうか?批判するのは自由ですけどね。

どうして出会ってしまったのか、どうして好きになってしまったのか・・・悔やんでいたと想像します。

また、ご夫婦の問題も、ご夫婦がそれでいいというのであれば、それまででしょう?

他人が許せないと想ったところで夫婦でこう決めたということに理解示す。それで他人は良いのではないでしょうかね?

2011/08/26 (Fri) 06:22 | EDIT | REPLY |   

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