隠された十字架
世界文化遺産の法隆寺。私はなぜか聖徳太子が気になって仕方がない・・・ずっと昔から。
「日出処の天子」を学生時代漫画嫌いの私が夢中になって読んだ本。あれ以来、聖徳太子が
好きであり、なぜか気になる。
そして、「隠された十字架」を読み、おおお、と感動し、異論とした「法隆寺の謎を解く」を読み、
なる程と頷き、じゃあ、あの法隆寺の真実はなんだろう?とちょっと勇気を出して。
なぜ法隆寺は建てられたか。
永久的な建物。崩壊しない造り。宗教を永遠に伝えると言う意味。正方形。と出て来ます。
中門の真ん中の柱を意味する物はこの正方形に関係しているように思いました。学者じゃないから、
ふーんと思って読んで欲しい。
長方形の門だとおもってええ?と写真を確認すると、門が正方形です。安定する。整理整頓の
意味も含まれているようです。
正方形の門を作ると小さいか、ばかでかい物になります。
安定をイメージしたら、真ん中で仕切るような柱になってしまうが、正方形が並んで門らしく見える。
中国から入った考え方で、風水的な意味があるかもしれません。正方形をイメージして
作られてるようです。当時は正方形と円を完成的なイメージでいたように思います。
そういう視点で確認がてら、法隆寺に行きたいと本気で今思っています。
もと主人が建築科だったので、建物に関しては面白い話を聞いていますから、本当なら
そういう人と見に行くと面白いだろうと思います。史跡は歴史とか建築に詳しい人と
行くと面白いですね。知らない話が飛び出すから、面白くて飽きない。
先日も文化人類学の話で盛り上がりました、欧米人がなぜ原住民を押しのけられたかという話が
また、面白かったです。って話じゃなかったね。
ちょっと思う事があるので、これもリーディングしたいです。
さて、話を戻します。
「隠された十字架」は歴史的な視点からなので、そうだったのかという事もかなり詳しく書かれています。
この本では、聖徳太子の氏族が没滅したので、その怨念を沈めるために作られた寺ということに
なっています。
「夢殿と救世観音は聖徳太子の祟りを鎮めるため作られた」と梅原猛氏は書いています。
あくまでもリーディングした私の解釈ですよ。
夢殿らしき建物は聖徳太子が生前の頃もありました。現在位置にあったかは分かりません。
救世観音に包帯が巻かれ夢殿に安置してあった理由も太子が好んで使用していた夢殿のような造りだったものを
再現し(夢殿)、ミイラ化させた観音をイメージしたのではないだろうか?人と重ねて観音を手厚く葬るというか。
太子のミイラというような意味で。
やはりこれも宗教と太子の永遠をテーマに感じさせる。
一種のイエス、仏陀の信仰に近いものを感じます。
8世紀頃、聖徳太子は「日本の釈迦」と言われており、その所以かな?とも感じて居ます。


いつもありがとうございます!
「日出処の天子」を学生時代漫画嫌いの私が夢中になって読んだ本。あれ以来、聖徳太子が
好きであり、なぜか気になる。
そして、「隠された十字架」を読み、おおお、と感動し、異論とした「法隆寺の謎を解く」を読み、
なる程と頷き、じゃあ、あの法隆寺の真実はなんだろう?とちょっと勇気を出して。
なぜ法隆寺は建てられたか。
永久的な建物。崩壊しない造り。宗教を永遠に伝えると言う意味。正方形。と出て来ます。
中門の真ん中の柱を意味する物はこの正方形に関係しているように思いました。学者じゃないから、
ふーんと思って読んで欲しい。
長方形の門だとおもってええ?と写真を確認すると、門が正方形です。安定する。整理整頓の
意味も含まれているようです。
正方形の門を作ると小さいか、ばかでかい物になります。
安定をイメージしたら、真ん中で仕切るような柱になってしまうが、正方形が並んで門らしく見える。
中国から入った考え方で、風水的な意味があるかもしれません。正方形をイメージして
作られてるようです。当時は正方形と円を完成的なイメージでいたように思います。
そういう視点で確認がてら、法隆寺に行きたいと本気で今思っています。
もと主人が建築科だったので、建物に関しては面白い話を聞いていますから、本当なら
そういう人と見に行くと面白いだろうと思います。史跡は歴史とか建築に詳しい人と
行くと面白いですね。知らない話が飛び出すから、面白くて飽きない。
先日も文化人類学の話で盛り上がりました、欧米人がなぜ原住民を押しのけられたかという話が
また、面白かったです。って話じゃなかったね。
ちょっと思う事があるので、これもリーディングしたいです。
さて、話を戻します。
「隠された十字架」は歴史的な視点からなので、そうだったのかという事もかなり詳しく書かれています。
この本では、聖徳太子の氏族が没滅したので、その怨念を沈めるために作られた寺ということに
なっています。
「夢殿と救世観音は聖徳太子の祟りを鎮めるため作られた」と梅原猛氏は書いています。
あくまでもリーディングした私の解釈ですよ。
夢殿らしき建物は聖徳太子が生前の頃もありました。現在位置にあったかは分かりません。
救世観音に包帯が巻かれ夢殿に安置してあった理由も太子が好んで使用していた夢殿のような造りだったものを
再現し(夢殿)、ミイラ化させた観音をイメージしたのではないだろうか?人と重ねて観音を手厚く葬るというか。
太子のミイラというような意味で。
やはりこれも宗教と太子の永遠をテーマに感じさせる。
一種のイエス、仏陀の信仰に近いものを感じます。
8世紀頃、聖徳太子は「日本の釈迦」と言われており、その所以かな?とも感じて居ます。


